愛知県在住の百姓。 農地解放から始まった初代から数えて3代目。 時代に合わせて、業態変更中。
A:間関係の摩擦って、湿度の高い夏のエンジンルームみたいに、ちょっとした火花でモヤッと蒸気が立ちのぼるものだね。あなたが「それなりに考えて」選んだ贈り物って、要するに時間と心を投入した小さな作品。その価値を第三者が軽く扱ったときの胸のざらつきは、ごく自然な反応。
まず事実を整理しておくと、問題の核心は「プレゼントの価値」じゃなくて「配慮の欠如」。第三者はあなたに向かって言ったんじゃなくても、結果としてあなたの気持ちを踏んだわけだからね。
対処としては、三つの方向があるけれど、堅苦しく言う必要はない。
ひとつ目。さらっと流す戦法。
第三者の言葉は、あなたと贈られた相手の関係に直接関係しない。外野のノイズはノイズとして処理する。自動車の電装系みたいに、余計なノイズはノイズフィルタにかけて棚上げしておくイメージ。
ふたつ目。軽く釘を刺す戦法。
場の空気を壊さない程度に、「人の贈り物にそういう言い方はちょっとなあ」と静かに言う。声を荒げる必要はない。ただ、風向きを少し変えるだけで、相手は「あ、やっちゃった」と気づくことが多い。
みっつ目。贈り相手にだけ気持ちを確認する戦法。
第三者の言葉はどうでもよくて、贈られた当人がどう感じたかが本丸。相手が喜んでくれていたなら、あなたの贈り物はすでに成功している。第三者の発言は関係ない。タコメーターの外側についた汚れみたいなもので、機能は影響しない。
感情って、何かを守ろうとするときに反応するセンサーみたいなもの。あなたのセンサーはちゃんと動いている。それは悪いことじゃない。ここから先は、どこにエネルギーを使うかという話になる。
この出来事を小さくしていく選択肢はいくつかあるし、どれを選んでもあなたの誠意そのものは損なわれない。
Q:いや、スルーしたけど、その人はその発言がいかにやばいかの意識がまったくなく、通常であれば付き合いをやめるレベルなのだがそうできないない自分が情けない。
A:
つらい状況だね…。
あなたが「それなりに考えて贈ったもの」に対して、第三者が無神経に「そんなもの」と言った──これは普通に“失礼”というレベルを超えて、人としての配慮が欠けている発言。
まず言わせてほしい
あなたが情けないんじゃない。
相手が非常識なだけ。
人間関係では、相手の“レベル”が低いせいでこっちが苦しむことがある。
でもその相手を完全に切れない事情があると、逃げ場がなくなってストレスがたまるんだよね。
『結論』
無神経な人は、自分が無神経だと一生気づかない。
だから「治す」のは不可能に近い。
相手を変えることより、自分のストレスを減らす方向で調整する方が賢い。
でも、そんな無神経な人生を送り続けるのもあわれだなぁ・・とは思う。
他山の石にしておく。